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2006年4月 2日 (日)

犠牲の上に

Img_3699  県道44号線をホテル日航から大栄町方面に向かい、B滑走路下をくぐる天神峰トンネルを越えたところで市道を左に折れると、30年前この地で殉職した警察官の碑が道路沿いにひっそりと建っている。同様の碑が近くに二つ、ある。

 「東峰十字路事件」。警察官3人が殉職した成田闘争で最大の悲劇である。1971年9月16日、成田空港建設予定地にある反対派の土地に対し、土地収用法にもとづき千葉県が第二次強制代執行を行おうとしていた。反対同盟の青年行動隊と全国から支援に駆けつけた学生らはそれを阻止しようと、警備の機動隊に奇襲攻撃を仕掛けた。

 東峰十字路を警備していた関東管区機動隊第二大隊約240人は、草むらなどから突如現れた反対派約500人に不意をつかれ、総崩れとなり退却した。その最後尾にいた第1中隊第1小隊約30人が学生らに包囲され、孤立。袋叩きとなり、小隊長をはじめとする神奈川県警の警察官3人が死亡した。

 ここで、一方的に反対同盟、学生らが警官殺しの犯罪者だとする評価は控えなければならない。国家権力によって自分たちの土地を文字通り力ずくで取り上げられようとしている状況で、反対派がとりうる手段は限られていたはずである。そして、空港建設を進める国側にも、警備にあたる警察側にも、それぞれ大義があった。真っ向から対立する大義がぶつかり合ったのが成田闘争だ。あの時三里塚では、誇張ではなく、まさに内戦が行われていたのである。

 働いたり、飛行機を利用したりして、空港の利益を享受している我々が忘れてはならないことは、成田空港が想像も出来ないような多くの人たちの犠牲の上に建っていることである。涙を飲んで生まれ育った土地を明け渡した人がいる。殉職した警察官がいる。闘争に悩み自ら命を絶った地元反対派の青年がいる。空港用地の取得に命をかけた公団職員がいる。反対運動に人生を捧げた反対派がいる。航空機の騒音直下に暮らす人がいる。この人たちの存在は、成田空港がある限り決して消えない。

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