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2006年7月13日 (木)

異形の滑走路②

 4000㍍滑走路、2500㍍平行滑走路、3200㍍横風用滑走路―。1966年に国から新東京国際空港公団(現成田国際空港会社)に示された基本計画だ。

 空港建設の閣議決定とともに地元で空港反対同盟が結成され、激しい抵抗運動が起こる。地主の固い反対の意志や、過激派による組織的な抵抗により用地買収は遅々として進まなかった。土地収用法に基づき、国家権力が私有財産である個人の所有地を合法的に取り上げる強制収用を二回にわたり実施し、1978年5月に開港を迎える。しかし、その姿はようやく4000㍍滑走路が一本できただけ。空港の東半分は工事に着手すら出来ない「片肺空港」だった。

 成田空港は、処理能力が限界に達した羽田空港を補う日本で始めての本格的な国際空港だった。日本の高度成長を支える屋台骨として多くの関係者が開港を待ち望んでいた。本来なら、日本国中で開港を祝ってもいいものだ。しかし、78年5月20日午前10時半からターミナルで行われた開港式典は、過激派による妨害を恐れ、運輸大臣や公団関係者のみでひっそりと、隠れるように行われた。

 この空港の不幸な生い立ちを象徴するようである。

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