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2006年8月31日 (木)

成田のレアエアライン⑯

Img_3878  ユナイテッド航空のB777です。ユナイテッド自体は成田の発着回数がANAに次ぐ堂々の4位で全然“レア”ではありませんが、スターアライアンス塗装機はあまり見かけないので、取り上げてみました。エンジンがユナイテッドのブルーのままなのが特徴です。

 第1ターミナルの第3、4サテライトは午後になると、ユナイテッド航空でほぼ埋まります。アメリカ便の出発が夕方に集中しているためです。同じユナイテッドでも従来のグレーの塗装と白とブルーのさわやかな塗装機があります。

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2006年8月17日 (木)

異形の滑走路④

 1990年1月30日、当時の江藤隆美運輸大臣が木造平屋の粗末な横堀公民館を訪れ、反対同盟員を前に「強制収用は念頭におかず、誠心誠意進めていく」と発言した。身動きが取れずにもがいていた国が、農民側に歩み寄った瞬間だった。

 一方、反対同盟は83年に闘争路線をめぐり分裂。国との話し合いを一切拒否する強硬派の北原派と、地域における空港の存在を認めながら現実的な反対運動を進める熱田派に分かれた。熱田派の元青年行動隊ら若い世代が中心となり、90年代に空港問題は大きく動き出す。

 91年11月、成田市国際文化会館で第1回成田空港問題シンポジウムが開催された。集まったのは運輸大臣をはじめとする運輸省幹部、空港公団総裁、熱田派幹部、そして仲介役の学識経験者。公開の場で国と反対派がお互いの主張をぶつけ合う初めての場だった。力と力がぶつかり合った成田闘争がひとつの局面を迎えた。

 ただ、国側の目的は話し合いによる空港建設の推進。反対同盟側は平行滑走路を含む二期工事の阻止が狙い。シンポが始まった段階では、お互いの立場は到底歩み寄れないほどの隔たりがあった。しかし、議論を進めていくにつれ、国側は反対同盟も予想しなかったほどの譲歩をすることになる。

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